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大阪地方裁判所 昭和40年(ワ)1638号 判決 1967年2月09日

原告 高尾禧こと高尾嘉

被告 岡山県真庭郡久世町

主文

被告は原告に対し、金三二一、〇三四円およびこれに対する昭和四〇年四月二四日以降完済まで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。

この判決は、原告において金一〇万円の担保を供するときは、第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

第一、申立

(一)  原告の求める裁判

被告は原告に対し、金九三六、二六二円およびこれに対する昭和四〇年四月二四日以降完済まで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行宣言。

(二)  被告の求める裁判

原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決。

第二、主張

(一)  (請求原因)

一、被告町は昭和三九年八月二四日、訴外富士管機工業株式会社(以下、富士管機という)との間に、代金は金二〇〇万円、竣工期限は同四〇年二月二八日との約で被告町土居中島簡易水道建設工事(配管工事)の請負契約を締結していたところ、被告町の代理人である同町収入役横山恒一および同町建設課長太田貞一は、昭和三九年一二月二日原告に対し、被告が右契約にもとづいて富士管機に支払うべき請負代金のうち金九三六、二六五円を同会社に支払うことなく、昭和四〇年二月二八日限り直接原告に支払う旨を確約した。

二、かりに右金員支払いの約定がなされなかつたとしても、原告は、昭和三九年一二月二日富士管機より、被告に対する右請負代金のうち金九三六、二六五円の譲渡を受け、かつ、同日被告は原告に対し、右債権譲渡について異議なく承諾したものである。

三、かりに右いずれの事実も認められないとしても、昭和三九年一二月二日当時、被告町の当局者は、富士管機が前記請負契約にもとづく工事を遅延させて所定の竣工期限にこれを完成する見込みがなく、しかも、同会社が当時完成していた工事に対する出来高代金債権もすでに訴外大同興業株式会社に譲渡され、その残額は金九三六、二六五円にも達していなかつたことを十分知悉しながら、被告町の代表者もしくは被用者である前記収入役および建設課長は、前同日原告より右債権の存否を尋ねられた際、右の事実を秘匿してあたかも前記債権が無条件に存するかのように回答して原告を欺罔した。そこで原告はその旨誤信するとともに、富士管機に対し金九三六、二六五円を貸与したものであるが、その結果、原告はその貸金の回収を不能ならしめられ、右金額と被告が直ちに支払に応ずると称する金三二一、〇三四円との差額金六一五、三三一円の損害を被るにいたつた。しかして右の損害は、被告の代表者もしくは被用者がその職務を行うについて原告に加えたものであるから、民法四四条もしくは七一五条により、被告においてこれを賠償すべき義務を負うものである。

四、よつて、原告は被告に対し、右金九三六、二六五円とこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四〇年四月二四日以降完済まで民事法定利率高年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めるため、本訴に及んだ。

(二)  (答弁および抗弁)

一、被告が富士管機との間において原告主張のような請負契約を締結したことは認めるけれども、被告町の収入役および建設課長が、原告に対しその主張のような金員の支払いを約したような事実はない。

二、原告が富士管機から本件請負代金債権の一部の譲渡を受け、被告がこれを承諾したことは争わない。しかしながら、原告が富士管機から譲渡を受けたのは無条件の金九三六、二六五円の代金債権ではなく、富士管機が完成した工事の出来高に応じて発生すべき代金債権のうち、同会社が大同興業株式会社に譲渡した金一、〇六三、七三五円と右九三六、二六五円の割合に按分した金額の債権にすぎない。

かりにそうでないとしても、右債権譲渡の承認は、富士管機において約定どおり工事を進捗せしめないで契約を解除され、その当時の工事の出来高に応じて代金の支払いを受けるときは、前記大同興業株式会社への譲渡分と按分した金額のみを原告に支払う旨の異議を留めてなしたものである。しかるに富士管機はその工事を著しく遅延せしめ、昭和三九年一二月末頃には他の債権者から工事用資材の仮差押を受けるなどしたことから、工事の進行は全く停止し、峻工期限に工事が完成する見込みは全くなくなるにいたつた。そこで原告は、同年一二月二九日富士管機に対し、被告町建設工事請負規程にもとづいて本件請負契約を解除する旨の通告をなしたが、右解除当時までに完成していた工事の出来高は金一、三八四、七六九円にすぎないから、結局、被告が原告に対して支払義務を負うのは、これを前記大同興業株式会社への譲渡分と按分した金額にすぎない。

三、なお、被告町の収入役および建設課長らが、原告主張のごとき事実を知りながら、故らにこれを秘匿して原告を欺罔したような事実はない。

(三)  (抗弁に対する原告の主張)

一、本件債権譲渡の承諾をなすについて、被告がその主張のごとき異議を留めたような事実はない。

第三、証拠<省略>

理由

一、被告町を注文者、富士管機を請負人として、昭和三九年八月二四日、代金は金二〇〇万円、竣工期限は同四〇年二月二八日との約で被告町土居中島簡易水道建設工事(配管工事)の請負契約が成立したことは当事者間に争いのないところ、原告は、昭和三九年一二月二日被告町の理事者が原告に対し、右請負代金のうち金九三六、二六五円を富士管機に支払うことなく、直接原告に支払う旨を確約したと主張し、被告はこれを争うので、まずこの点について検討するに、成立に争いのない甲第一号証、乙第九号証によると、右請負契約にもとづく代金債権のうち金九三六、二六五円については、昭和四〇年二月二八日被告町より原告に支払うことを証明する旨の被告町長名義、原告宛の証明書と題する書面が作成されていることは明らかであるけれども、証人太田貞一の証言により真正に成立したと認められる乙第四号の一、三、成立に争いのない甲号証の二、証人太田貞一、同中尾勝市、同高井隆の各証言および原告本人尋問の結果を総合すると、右証明書は、富士管機より原告に対してなした右金九三六、二六五円の債権譲渡の承認書と同時にこれと一括して作成された書面であつて、右承認書とその趣旨を同じくするものであることが認められるのである。そうだとすると、右のごとき証明書が作成されているからといつて、そのことから直ちに、原告の主張するような金員支払約束が原被告間に成立したものと認めることは困難であるといわざるをえず、しかも他に、右の事実を認定するに足りる証拠は存しないのである。

二、しかして、原告が富士管機から本件請負代金債権の一部の譲渡を受け、被告がこれを承諾したことは当事者間に争いのないところ、被告は、右譲渡にかかる債権は、金九三六、二六五円の債権ではなく、富士管機が完成した工事の出来高に応じて発生すべき代金債権にすぎないと主張するけれども、請負人の請負代金(報酬)債権は請負契約の成立と同時に発生するものであつて、請負工事の完成によつて始めて発生するものではないのであり、しかも、前記甲第一号証、乙第四号証の一ないし三、第九号証によると、富士管機より原告へ譲渡されたのは、本件請負契約にもとづく代金債権のうち、金九三六、二六五円の確定金額の債権であることが明らかであるから、被告の右の主張は採ることができない。

三、しかるところ、証人太田貞一の証言により真正に成立したと認められる乙第一号証、第七号証、官署作成部分については当事者間に争いがなく、右証言によりその余の部分の成立の真正を認めうる同第二号証、第三号証の二ないし六、右証言により成立の真正を認めうる乙第五、第六号証ならびに証人太田貞一、同高井隆、同中尾勝市の各証言によると、被告と富士管機との間の本件請負契約については被告久世町建設工事請負規程によるべきものとされ、かつ、右規程によると、「請負者の責に帰する事由により工期内又は期限後相当の期間内に工事を完成する見込がないことが明らかなとき」は、町長は契約を解除することができ(第四九条一項一号)、また、その場合においては、工事の出来高部分で検査に合格したものは町の所有とし、町は当該部分に対する請負代金相当額を支払わなければならない(同条二項)とされていたこと、ところが、昭和三九年一二月六日頃にいたつて、富士管機の債権者が工事現場に置かれてあつた工事用資材について仮差押の執行をなし、さらに同会社の下請人らが下請代金の代りに右現場にあつた他の主要建築資材を搬出するような事態が生じたことから、右工事は停止のやむなきにいたり、これが再開される見込は全く立たない有様となつたこと、そこで被告町においては、やむなく右請負契約を解除して自己の手によつて残工事を完成することとし、同年一二月二九日右規程四九条にもとずいて本件請負契約を解除したこと、しかして、右解除時における工事の出来高部分で検査に合格したものに対する請負代金相当額は金一、三八四、七六九円であつたが、右工事の出来高部分のうち金一、〇六三、七三五円に相当する部分の請負代金は同年一〇月二二日すでに訴外大同興業株式会社に譲渡されていたこと(原告が譲り受けていたのは、一〇月二二日現在の出来高部分を除いた、将来完成さるべき部分の請負代金債権である)、以上の各事実を認めることができるのであつて、右事実からすると、被告は右契約解除の結果、前記各金額の差額金三二一、〇三四円のみの支払いをなせば足りることとなつたものといわなければならない。もつとも、右約定解除権にもとづく解除について準用せらるべき民法五四五条一項但書によると、契約の解除によつて第三者の権利を害することはできないとされているけれども、解除された契約にもとづく債権そのものを譲り受けた特定承継人は右法条にいわゆる第三者に含まれないと解すべきであるから(大審院大正七年九月二五日判決、民録二四輯一八一一頁参照)、前記契約解除にもとづく効果は、本件請負代金債権の譲受人である原告に対しても、当然に主張することができ、債務者たる被告は譲受人たる原告に対し、右の差額三二一、〇三四円の支払いをなせば足りるといわなければならない。

四、もつとも、原告は、本件請負代金債権の譲渡については債務者たる被告は異議を留めずして承諾したものであるから、譲渡人に対抗することを得べかりし事由たる右契約解除の効果をもつて譲受人たる原告に対抗することができないと主張し、かつ、前顕採用の各証拠によると、右債権譲渡の承諾につき、被告側理事者もしくは担当者において異議を留めた形跡は全くなく、右の承諾はなんら特段の異議を留めずしてなされたものであることが認められるのである。しかしながら、債権譲渡について債務者が異議を留めない承諾をした場合に、譲渡人に対抗することを得べかりし事由をもつて譲受人に対抗することができないとされるのは、かような場合には譲受人はその譲受債権について瑕疵のないことを信じるのが当然であり、かつ、その信頼を保護することが債権取引の安全の立場から至当とせられるからにほかならないのであつて、このような趣旨からするならば、民法四六八条一項にいわゆる「譲受人ニ対抗スルコトヲ得へカリシ事由」とは、債権の成立、存続もしくは行使を阻止排斥する事由で債権譲渡当時すでに存在していたものを指し、債権譲渡後生じたようなものはこれを含まないといわなければならない。したがつて、本件のごとき契約解除についていうならば、債権譲渡の当時すでに解除原因が存在して解除権が発生していたのにかかわらず、債務者がその点についてなんら異議を留めることなく債権譲渡を承諾したのであれば、右異議なき承諾の結果、解除の効果をもつて譲受人に対抗することができないことになるけれども、債権譲渡後にその解除原因が発生したような場合には、債務者が右譲渡について異議なく承諾していたとしても(この場合には、譲渡債権についてはなんらの瑕疵もなかつたのであるから、異議を留めようにも留めるべと異議の対象が存在しなかつたはずである)、債務者においてその解除権の行使を妨げられるいわれはなく、また、譲受人がその解除の効果を対抗されることとなつても、異議なき承諾に対する信頼を破られたことにはならないというべきであり、したがつて、かかる場合の契約解除は、右にいわゆる「譲渡人ニ対抗スルコトヲ得へカリシ事由」に該当しないといわなければならないのである。そこで、本件の場合が右いずれの場合に当るかを考えてみるに、前顕採用の各証拠によると、本件請負代金債権の譲渡がなされた昭和三九年一二月二日当時、富士管機による本件水道工事の進行状況は、当初の予定より若干遅延してはしたものの、一応順調に進行していたことが認められ、したがつて、当時本件請負契約について解除原因はなんら存在していなかつたといわなければならないのである。しかるに、その数日後である同月六日頃にいたつて、右工事用資材について富士管機の債権者が仮差押の執行をしたことから、やがて工事を停止するのやむなきにいたり、これが再開される見込みが全く立たない有様となつて、ついに契約解除という事態にたちいたつたことは前記認定のとおりであるから、右契約解除の原因は債権譲渡の後に生じたものといわなければならず、それ故に本件の契約解除は、前記法条にいう「譲渡人ニ対抗スルコトヲ得へカリシ事由」に該当するものではないといわざるをえないのである。

五、なお、原告は、被告の代表者もしくは被用者が原告を欺罔して損害を被らせたと主張するけれども、本件にあらわれた全証拠によるも、右の者らが原告を欺罔した事実を認めることはできないから、原告の右の主張は採用し難い。

六、以上のとおりであるとすると、被告は原告に対し、前記差額金三二一、〇三四円およびこれに対する解除当時の出来高の検査終了日(前記乙第五号証によると、解除前すでに検査が終了していたことが窺われる)の翌日以降の民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いをなすべき義務があるから、原告の本訴請求はその限度において正当として認容することとし、その余の請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴九二条、仮執行宣言につき同法一九六条一項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 藤原弘道)

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